『今日から地球人』
マット・ヘイグ 早川書房 2014年
著者がパニック障害の体験者です。
不安系の障害ですね。
まずね、小説としてすごくおもしろい。映画化もされるようです。ということで、小説を読むのが好きな人は読みましょう。
とか書いてしまうと、お前のブログはただの読書ブログか、となってしまうので、少しは心理学っぽい読み方について提案しましょう。
『今日から地球人』は、宇宙人が地球人になりすます話です。しかし、人間っぽい姿形でコソコソ暮らすのではなくて、すでに生きていた人間の中身を(どうやってかはよくわからないですが)抜いて、そこに入ります。つまり、「続き」を生きる。
そのときに、人間社会のことがわからなくて変な行動をしてしまったり、入った人間の情報が足りなくて、その人らしくないことを言ってしまったり、します。そして、本を読んだり人に聞いたりネットで調べたり(現代的だ!)して、人間らしく、あるいはその人らしく、振る舞おうと努力します。
そして、最終的に、愛を理解して人間になります。でも、嘘はつかない。
これって、精神疾患を抱えて生きていくのと結構似ています。「普通の人がする普通のこと」ができない。わたしも、よく、判断がずれます。普通っぽくしようとしているんですが、価値基準とか持っているリソースとかが違うので、判断の結果がずれるんですよね。なんていうか、普通の人は革靴で歩いているんだけど、わたしは一本下駄で歩いている、みたいな感じ。同じように歩こうとするんだけど、歩幅も違うし、ふらふらしてしまうしで、目立っちゃう。そういう感じ。でも決して、目立ちたくて一本下駄履いてるわけじゃないですよ。下駄箱にそれしか入ってなかったんだよね。という感じ。
ファニーな例えになってしまった…。
それはそれとして、そういう風な理由で「普通」にできない人の困難が描かれています。
また、主人公は宇宙人なので、なんだか味覚がおかしいんですよ。いろんなものをまずいまずい言ってます。それってなんだか自閉症の人にも似ていませんか。
そういう風に読むと、なおさらおもしろいです。
そして最後に宇宙人が愛を覚えて人間になっちゃうんですが、それもまた興味深いんですよ。宇宙人にはいろんな特別な能力が備わっているんですが、人間になるにあたってそれを全部捨てる必要が出てきます。そして、捨てます。
精神疾患って、いろいろなものを与えてくれているんですよね。BPDであれば、他者の感情を推測する能力が健常者よりも高いとか、そんな研究があったはずですが、そういう風ないいところも、治ってしまえばほぼなくなってしまうはずです。あるいは、強迫性障害の芸術家なんかは、精神疾患であることから創作意欲とかインスピレーションを得ているのだと思います。そういうものを捨てないと、普通になれませんよ、と言われながら、治ることを志向するのも苦しい過程です。
でも、治ったら治ったで、得るものがあるんですよね。
愛とかね。あるいは、愛とか。もしくは、愛とか。
『今日から地球人』は、ミステリーだという説と、SFだという説があるみたいですが、これ、ただの愛の話ですよ。恋愛小説かもしれない。
だから、宇宙人かもしれない人と、地球人になりたい人と、小説を読むのが好きな人におすすめしたい本です。
そして、『今日から地球人』を読んで、愛について興味が出た人は、こちらもどうぞ。
『愛するということ』
エーリッヒ・フロム 紀伊國屋書店 1991年