私家版・心理学の本棚

じょー、本を読んでいろいろ書くことを決意。

『私には女性の排卵が見える―共感覚者の不思議な世界』(岩崎純一)

『私には女性の排卵が見える―共感覚者の不思議な世界』

岩崎純一 幻冬舎 2011年

 

2016年になってしまいました…。

今年はいい年になってほしいですね…。

 

さて、去年読んだ本を紹介します。

『私には女性の排卵が見える』です。

インターネットの書評で、興味深い引用をいくつか見たので、読んでみようと思って買いました。

タグに、「作者が精神疾患体験者」をつけましたが、共感覚精神疾患じゃないです。「当事者が書いたよ」くらいの意味でつけております。あんまりタグ増やすのもよくないので。

 

この本の感想ですが、結論から言うと、「興味深いが、興味深いだけ」という感じです。

著者は共感覚者で、東大中退。いまは普通にお仕事をしているそうです。共感覚者としては、音に色が見えたりするわけですが、さらに変わったことに、女性の排卵に色や音が伴っているように感じているのだそうです。

それ自体は十分興味深く、読んでよかったなと思うのですが、その先が…ね…。なんというか、「排卵を感じる能力は、昔の人にはきっとあったと思う、女性を孕ませてあげるのに重要な能力だ!」と論が進んでしまい、大変残念でありました…。

頭は良い人なのだと思いますが、大学を中退したために、考え方というものを誰かに付いて学ぶ機会がなかったのだと思います。

当事者による報告であっても、学術的な見方と上手に融合すれば、当事者・読者共に得るものが多いと思うのですが、一人で書いていると、どうしても「自分アゲ↑↑」的な部分が出てしまい、読者としては鼻白んでしまいます。

 

当事者の報告としては、未読ではありますが、「火星の人類学者」の人の本なんかはしっかりしてそうなので、いずれ読んでみたいと思っています。

書くときの客観性というのは、筆者にとってはストレスになるということはよくわかっていますが、しかし、そのストレスは読者の得るものを最大化するための投資なのだと思って書いてほしいと思います。

 

テンプル・グランディン - Wikipedia

 

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)
オリヴァー サックス
早川書房
売り上げランキング: 43,147

 

わたしの意見としては、感覚にはそもそも個人差があるので、共感覚者も非共感覚者もわーっと一緒に生きていける社会であればいいと思っています。その際には、どちらが偉いとかどうとか、(思っていても)言わないことが大切かなあと思います。

中学のときに、音楽の先生が、「いまどきの子どもは、後ろ向きに歩くのが苦手になってるらしい、これは退化だ、まずい!」って言ってたのを聞きながら、「つかわねー能力はなくなってもいいだろうがよ」と思ったのを思い出します。

共感覚が退化して、いまいる人々のほとんどが非共感覚者になったのかもしれませんが、だからといってそれは責めるべきか?ということです。必要になったらまた淘汰圧によって進化が起こるのですから、いま生きている個体が「かつてあった能力を取り戻そう!」とがんばる必要があるのかわかりません。というか、がんばればそのような能力を手に入れることができるのかそもそも不明です。

介入できないものに介入しようとすると、オカルトっぽくなるからやめたほうがいいよ、と思います。

 

なお、前後して、たまたま、感覚知覚心理学の本を買いました。感覚知覚心理学について、学術的にさくっと学びたい人はこちらをどうぞ。

綾部先生が編集しているので、嗅覚に1章割いてあります。珍しいと思う。

 

『スタンダード感覚知覚心理学

松井豊・綾部早穂・熊田孝恒(編) サイエンス社 2014年